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アカン嫁チッチの成長記録

家事全般を不得意とするアカン嫁です。私ってアカンなぁ〜と思う毎日だけれど、家族のためにもっと豊かな生活を送れるようになりたい!と思ってはいるのです。そんなアカン嫁の、三歩進んで二歩下がる成長記録です。家事・育児・家計管理・節約・妊娠・出産などをテーマに書き綴ってゆきます。何卒よろしくお願い致します!

親を嫌いになった訳

こんばんは☻

アカン嫁チッチです。

今月2回目のブログ更新です。

臨月に入ってバタバタしているのもありますが、

めっきりブログを書けなくなりました。

思いの丈をブログにぶつけようと思っても、

ありのままの自分の気持ちがうまく表現できなくて…

書いていて情けない気持ちになったり、

虚しくなったり、

孤独を感じたり。

そんなこんなで、書いては消し、書いては消し…

結局更新に至らずです。



臨月になると、赤子がいつ産まれるかわからないので行動が制限されるし、

陣痛や産後の痛みに対する恐怖もあるし、

なんやかんやストレスがたまってしまいます。

それで少しナーバスになっているのかもしれません。



まぁ、私の悩みは主に母親との母娘関係なんですけどね。。。

母親から連絡が来る度にズーンと気持ちが重くなり、

なんとも言えないドス黒い感情に支配されてしまうんです…。

出産したらまた報告しないといけないのか…

報告したら会いに来るんだろうな…

そう思うと、本当に憂鬱で憂鬱で狂いそうになります。



私が母親への嫌悪感を募らせていたのは昔からですが、

かつてはその気持ちを家族に悟られてはいけないと思い、

必死にひた隠してきました。

実家に帰るのは、自分の心身の調子が良く

いい娘を演じられる余裕のあるときだけにし、

実家に帰ったときはわざとワガママに振舞ったり、

親の負担にならない程度の頼みごとをして

親に甘える娘を演じたりしていました。

親が自分たちでは絶対に買わないような

高価なデパ地下のお惣菜を手土産に持ち帰ったことも

何度もありました。

就職して実家を出てからは距離ができて

たまにしか会わないこともあり、

適度な距離感で付き合えていたと思います。



私が親に対して嫌悪感を強めたのは、

上の子を妊娠して以降でしょうか。

娘が妊娠したとなると、

何故か俄然張り切り世話を焼きたがるのが

親という生き物なのでしょうけれど、

私は、なぜかそれがやたらと癪に触りました。

色々口出しして来たり、

勝手に物を送って来たり、

安定期にも入っていないのに

大して親しくもない私の同級生の親にまで

私の妊娠を言いふらしたり。

妊娠しているのは私なのに

親の方が勝手に舞い上がっていたのです。

私が不安な気持ちを吐露しても

舞い上がっていて全く受け止めて貰えず…

本当に自分中心の人たちだなと痛感しました。

妊娠を口外しないでと念を押したのに言いふらす母親。

切迫気味で張り止めを飲んで何とか早産を食い止めているのに

ふざけて脇をくすぐってくる父親。

私が真剣に怒っても、

適当に受け流すか逆切れするか嘲笑うかで、

絶対に反省したり謝ったりしない人たちです。

前々から心の中で燻っていた親への不満が

妊娠を機に顕在化し、

嫌悪感は強まる一方でした。



子どもを産んでからも、

親との溝は広まる一方です。

産後、母親が自宅に泊まり込みで手伝いに来ましたが、

頼みたいことがあってもつい遠慮してしまうし

やめてほしいこともなかなか言えませんでした。

逆に母親は私がどんな反応をしているかも気にせずに

ひたすら自分のしたい話をし続けて、

私が嫌がっていることも平気でしてきます。

嫌なことはかなりハッキリ言わないと私の気持ちに全く気付いてくれないし、

私が勇気を出して言ったことでも

自分が共感できないことだとすぐに忘れ、蔑ろにされます。

この人は本当に私の気持ちがわからないんだなぁ、

わかろうとしてないんだなぁと、

実感せざるを得ない毎日でした。

そして、

こんなにも自分の気持ちをわかってくれない人と

22年間も一緒に暮らしていたのか…と

実家暮らしをしていた頃を振り返ると、

あの頃の生活が何故あんなにも息苦しく

辛かったのかがようやく理解できました。



親の機嫌に振り回され、

言いたいことも言えず、

欲しいものも欲しいと言えず、

辛い気持ちも嬉しい気持ちも押し殺して過ごしたあの頃。

母親と一緒にいると、

あの日々がどんなに苦しかったかを思い出さざるを得ないのです。



そして母親の言葉の端々から

偏った価値観が感じられ、

こんな言葉ばかり聞かされて育ったから

私も偏った考え方になったんだなぁと、

そのせいで本当に苦労したなぁと、

親への憎しみが強まっていきました。



私は、

昔から自分自身のことが嫌いでした。

でも、

ある時自分が変わらなければ何も変わらないと気付いて、

自分と向き合う努力をしてきました。

自分の悪いところを素直に認めて

自分の偏った価値観をひとつひとつ是正しました。

「自分が一番正しい」という価値観が染み付いていた私にとって、

それをするのは途方もなく大変な作業で、

先の見えない暗闇を歩いているようでした。

そして、長い時間をかけてたくさんの偏見を捨て、

歳も30近くなった頃、

ようやく物事をフラットに捉えられるようになってきました。

それで、ようやく気付いたのです。

自分の親がどれほど偏った価値観の持ち主か、

ということに。

そしてその価値観を否応なく刷り込まれて育った自分が

どれほど不要な苦労をする羽目になったかということに…。



私はずっと自分を責めて生きてきました。

うまく人と付き合えない自分。

誰からも愛されず理解されない自分。

自分には生きてる価値なんかないと、

ずっと思っていました。

生まれた時から性格が悪く、

憎たらしく、

愛される要素のない人間なんだと

思っていました。

けれど、

変わる努力をして気付いたのです。

私が必死で捨ててきた過去の自分は、

全部親から譲り受けたものだったことに。



子どもの頃から人の顔色を伺ってばかりだった私は、

親に気に入られたくて、

親の価値観に添い

親に同調し

親が喜びそうな言葉を探しては口にしてきました。

その結果、

他人を傷つけるばかりで、

偉そうで、

可愛げのない人間になりました。

そんな自分を作り上げたのは、

紛れもなく我が両親なのだと認識した時、

過去の自分に向いていた負のエネルギーが

全て親の方に向かっていったように思います。



親がこんな人だから私もあんな人間になったんだ。

そのせいで友達から嫌われ、疎まれ、

友達のいない孤独な人生を送る羽目になったんだ。

そして私がこんなにも苦しみ足掻いて変わる努力をしたのに、

まだこんな偏った価値観をひけらかして

変わろうとしないまま歳をとり、

自分たちの未熟さゆえに散々苦しい思いをさせた娘に

幸せにしてもらおうとすがりついて来るのか…。

そんな風に感じてしまったんだと思います。



それでも、

親なんだから、感謝しないと…

親なんだから、大切にしないと…

そう思って必死に我慢して付き合ってきました。

でも、

どんなに我慢しても親は変わらないし

私も親を愛せない。

ただただ、私の心が削られていくだけなんです。

私にそこまで耐え続ける義務があるのだろうか?と考えた時、

もうこれ以上は、別に頑張らなくていいか…

と、ある時から思うようになりました。



私は、断捨離をして、

子どもは親に感謝するべき

子どもは親に恩返しをするべき

という価値観を捨てました。

親が子どもを生み出したのは、

自分たちがそれを望み選択したからです。

子どもが親に感謝をすることがあるとすれば、

子ども自身が生まれた喜びを感じている場合のことでしょう。

そして、子どもは親に恩返しをする必要はないと思います。

子どもを育てることは親の義務であり、

それをわかって子どもを持つ選択をしたのは

他ならぬ親自身だからです。

そのことに、自分自身が親になって気付きました。

私は自分の子どもに感謝することはあっても

感謝されたいと思ったことはありませんし、

恩返しして欲しいなんて全く思いません。

だから、

私もそんな価値観は捨ててしまうことにしました。



親のことで苦しみ続けるのは、そろそろ終わりにしたいのです。

解放されたい。

何年も何年も、

必死でいい娘でいる努力をしてきました。

もうこれ以上、親からは何も求められたくありません。

もう十分親孝行してきたと思うのです。

あとの人生は、夫と自分の子どものためだけに

生きていきたいです。



さようなら、お父さん、お母さん。

あとは自分たちの力で生きていって下さい。

私が何もしなくても、

幸せに暮らして下さい。

私はあなたたちの幸せの責任を負ってはいません。

どうかお元気で。